Monthly Archives: 12月 2010

お節

2010/12/30 by rurico | お節 はコメントを受け付けていません | Filed in お酒と食

大晦日は昨夜から準備していた黒豆を煮る。ここ数年、年末は仕事に追われてお節を作る余裕が無かった。今年は豆くらい煮てみようと思い準備。しかしウチで作る黒豆を見た目綺麗に煮たことがなく、いつもシワになったり皮が破裂したり。ちょっと作り方を変えてみた。前の晩に、酒、砂糖、醤油、重曹、水を合わせて煮立てる。火を止めたらそこへさっと洗った黒豆を投入して一晩おく。翌朝その鍋を一度沸騰させてから中火→弱火にしてコトコト煮る。破裂もせず、シワにもならず、つややかな綺麗な黒豆が煮えた。調味料は目検討だったので、甘さが少ない・・・。試しに煮溶かした砂糖を入れる。これで一晩寝かせよう。
黒豆

なかなか咲かない

2010/12/29 by rurico | No Comments | Filed in 日々


今年は部屋が寒いせいなのか、咲くのが遅いな・・・。
つぼみを付けてから数週間。ゆっくりゆっくりなペースだね。このシクラメンは5年目になるんだっけ?小さなポットで頂いてから毎年咲いてくれる。葉の数だけ花が咲く言われるそうで、昨年は咲き始めたらもの凄い勢いで咲いてた。みんなが「毎年咲かせるなんてすごいね。」と言ってくれる。けどシクラメンの育て方を知っているわけでもなく、気をつけていることと言ったら、”水やりは乾くギリギリまであげない”事と、”なるべく明るいカーテン越しの陽を浴びせる”事と、”愛情込める(咲く前は話しかける)”それだけ。今年も沢山の花を咲かせますように。

しもすわこどもEXPO

2010/12/25 by rurico | しもすわこどもEXPO はコメントを受け付けていません | Filed in 日々


ポスターを作らせて頂いたイベントへお邪魔した。
夏のイベントで紹介して頂いた、イラストレータ協会の皆さんも参加。
大きな布に子供達と一緒にペイントしてツリーに巻き付けるの。
思い思いに描かせること、コミュニケーションを取り合う事が目的。
みんな楽しそうに一生懸命。
前回知り合ったイラストレータの方とお会い出来たことがとても楽しい。
私のデザインしたい願望に火を付けてくれた。
思えばこの仕事に就く前の20代前半、「絵本作家になるための通信講座」に申し込んだり、世界のクリスマスをテーマにしたイラストコンクールへの応募、DJのロゴデザインをやりたくて頼まれてもいないのに、ガンガン描いていたあの頃・・・。
結局自分には才能がないように思えて、参加賞ばかり。絵本の通信講座は続かず・・・。
デジタルなデザインの世界に入り、仕事として出来るようになった今、改めて趣味の世界で画を描きたいと思うようになっていた。プロになろうと思わず、空いた時間に気ままに自由に描いて良いんだ。と思うと描きたくなる。
数年前からたま~に墨絵を描いてみたり、お地蔵さんを描いたりしているうちに、水彩画にまで興味が行く。
けど「描いてみたいんだけどね~」といつも流れる。自分自身に「口ばっかじゃん!」と思う。
今回の出会いで色々聞いて気が楽になったり、私でも気楽にスタート出来る!と思えた。
オススメの本屋スケッチブックを教えてもらい、早速購入。まだまだ練習段階だけどね。
書き始めると、今までと違った目線でモノを見ることが出来る。写真を撮るのとまた違った感触。
続けよう。続けることを目標にしてみよう。

繋がり?かな・・・

2010/12/16 by rurico | No Comments | Filed in 日々

ツイッターやミクシィ。住む地域でで居た友人とのコミュニケーションの場としてとても役に立ったり、近くに居ても数年会わない友人もコミュニティでの日記やつぶやきで状況をなんとなく知ることが出来る。
それより嬉しいのは東京に住む友人と繋がることが出来ていること。
と勝手に思いこんでいるだけなのかもしれないけど、もしなかったら・・・って考えるとゾッとする。向こうの情報もそんなに入らないだろうし、逆に友人達も私が長野に居ることを忘れているかのように、変わらない。
デザイン関係の友人と関わりを持っていられることは、モチベーションを下げずに居られる。ま、実際技術的には地元に染まりつつあるのかもしれないけど、それはそれで嬉しく思えるけど、意識は高く持っていたい。
それと、都内の友人とのコミュニケーションが、長野に居ても幼なじみと呼べる人が少ない環境で育たなかったという今の私の寂しさを紛らわしてくれているだろう。
ありがとう。ありがとう。

熱出た

2010/12/15 by rurico | 熱出た はコメントを受け付けていません | Filed in 日々

この忙しい年末に、いきなり熱かよっ。
昨日夕方ぞくぞくが激しくなって来て、だんだん熱っぽくなってきた。
夕食の食材を買いにスーパーへ行っても、食欲がないせいか、カゴに何も入れられない。
缶ビール入れてみても、あまり飲む気になれない。
おかしい。
帰宅してやっとの思いで葱と白菜を刻む。
鍋に野菜とうどん、キムチを入れてようやく食べた。
栄養ドリンクを風邪薬でなんとかしのぎ、襲う睡魔に勝てず、横になる。
明日撮影の予定なのに・・・。
バッテリーの充電も済ませ、レンズの掃除もして準備OKだったのに。
失礼かと思いながら目が覚めた夜11時にクライアントに電話をして訳を話して撮影を延期してもらうことにした。悔しい・・・。
とにかく寒い。胃と頭が痛い。寝るしかない。

今朝・・・目が覚めると少し熱が下がっているようだった。
明日、明後日の締め切りを抱えているので、休んでいられない。
気合いが足りんのだ。
明日は元気になってやる!

居酒屋「かこみ」

2010/12/13 by rurico | 居酒屋「かこみ」 はコメントを受け付けていません | Filed in お酒と食

諏訪市南町に出来た居酒屋「かこみ」。以前お寿司やさんだったところ。
お魚料理が自慢らしく、とても気になっていたので、友人誘って行ってみた。
外観も内装も落ち着いた和風がとても良い雰囲気を出している。
「ふぐあります」と看板に書かれていて、こんな近所でふぐが食べられるんだ~と嬉しくなる。

お造りを注文「マグロ、タコ、カワハギ(肝付き)、エボ鯛」と旬の珍しいものも盛り込んであり、これまた新鮮!
野菜にもこだわりがあると書かれていたので、「温野菜」を注文すると、バーニャカウダ風のソースと一緒に出される人参、じゃがいも、ブロッコリー。いつも食べている野菜が演出とソースでこんなに変わるんだ・・・。
ふぐは、サックリふっくらの「さばふぐの唐揚げ」を頂きました。

夕焼けの八ヶ岳

2010/12/12 by rurico | No Comments | Filed in 自然


小夏と行く、絶景お散歩コースを見つけた。こんな景色を見ると、富士見っていいな~って思う。
アトリエの部屋からも見られたらイイのにな。

金柑煮てみた

2010/12/08 by rurico | 金柑煮てみた はコメントを受け付けていません | Filed in お酒と食

金柑煮

鎌倉に住む叔母から、きんかんが届いた。沢山あるから生のまま置いておいたら日持ちがしないよね?
ストーブの上にひたひたの水と金柑、はちみつと少量の砂糖を入れてコトコト。
仕事をしながら横目で金柑の煮えるのを待つ。甘酸っぱい良い香りが漂う。
放置して忘れていたらふきこぼれたー!

完成したものを、おじいちゃんに持って行ったらすごく喜んでくれていっぱい食べてくれた。
多分ばあちゃんが煮ていたから好きな味なんだ。
その後、肩を骨折して入院しているばあちゃんに届ける。
幼い頃、ばあちゃんが作っているのを見ていたから出来たようなもの。
そんな話をすると、嬉しそうに使いづらそう右手でつまんで一口食べてくれた。

美味しいって。
嬉しい。早く良くなってね。

寺の写仏展

2010/12/04 by rurico | 寺の写仏展 はコメントを受け付けていません | Filed in 日々


貴重な体験した12月3日。
叔母が最近始めた写仏。
影響を受けた先生の個展が富士見町の瑞雲寺で行われていると聞き、行ってみる。
お墓参りなどでよく行くお寺なのに、境内には沢山の写仏が展示され、
同時に花の絵も展示されていた。仏と花のコラボというか・・・。
堂々とカメラを持込写真を撮らせて頂くことも貴重な体験。嫌な顔ひとつせず、「どうぞ」と。
花の絵は、住職が養護学校の教師をしてた頃に教えた、ダウン症の男性が描いたものだという。斬新で、心のままに描いていることが伝わるような絵に、心打たれる。
またこの住職さんは、ひとつしたの後輩。こんなご立派になられて・・・。
イベント前日だったため、来客もなく二時間も話を聞くことが出来た。
一生懸命、絵や仏様について説明してくれた。
代々伝わる小林家の一員としてだからこその経験でもあったと思う。
それにしても、私が興味を持つのはお地蔵さん。何故かお地蔵さんの絵を描いてみたくなった。祖母の影響もあるんだと思う。

一年前の一年間

2010/12/01 by rurico | 一年前の一年間 はコメントを受け付けていません | Filed in 日々

何故か手が止まってしまった日記。ようやく書く気になり、一年前の一年間をつづろうと思った。
常に前進!と思っている私だけれど、たまに振り返ることもあり、驚く程ネガティブになるときがある。一年間抜けられなかった。
凹んだ内容が多いかもしれないが、そうやって書くことで、また後にその日記を見て自分を励ましたり、進化している自分を感じてエネルギーになったりしている。さらにソレを読んだ友人が偶然似た境地に立っていたり、何か影響するものがあるようで・・・結果、そのとき書いたことはプラスとなり、経験したことに感謝も出来る。
ただこの一年、住居の事で悩み続け、自分を「これが正解なの」と言い聞かせただけ。幸せとか感謝の意味がわからなくなって生きている意味も考えた。「こんな格好悪い自分見せられない」と思い、友人とも会えなかった悪循環。もっと話していれば良かった・・・なんて今思う。

結果、1年3ヶ月居住した部屋を離れることにした。そうしたかったから。毎日毎日、眠れない、食欲がない、人に会いたくない、なんとなく面倒、出かけたくない。ってこもっていた。仕事への姿勢は変わることはなかったけど、気持ちが影響する仕事なので見る人によっては感じ取れる。私生活は「面倒くせー」って投げ出してた。集中力は低下して、発作も今まで以上に頻繁に。肌荒れはひどく、分けもなくイライラし、頭痛薬は常備薬となった。気分転換に外に出ると、外に出た意味を考え、「何やってんだ」と、途方に暮れる。攻めるのは自分だけ。

この場所だって、良いところも沢山ある。イイコト探しをしよう!と試みたり、遠くの温泉へ行って気分転換も試みた。気分転換すら出来ない。

引越しをして、この家で仕事をして、友人が沢山集まる家にしよう、ベランダ菜園をやろう、手間のかかる料理もいっぱいしよう、毎週ジムにも通おう、朝は早く起きて温泉に入ろう、写真もたくさん撮ろう、諏訪湖に散歩に行こう、色んなところへ出かけて色んなこと吸収しよう、なんて描いてた。

想像と違うものは何もない、理想と違うものもない。この部屋には理想がなかった。描いてたたくさんの思いは、この家に越してきて良かったんだよ、と自分に言い聞かせるために、がんばろうと思っていた事だったような気がする。背伸びだったのかな。落ち着かない日々の中、思うことはあの部屋に戻りたいってこと。アパートだから冬は寒い夏は暑い。雪が降れば雪かきをして、大雨だと部屋に雨が入らないように急いで戸を閉める。朝日を浴びて目が覚める。そんな当たり前の日常が、大好きだった。理由とかなくて、単純に好きだった。持ち家という重い鎧をかぶっているみたいな毎日。近隣のひとは挨拶をしても下を向いて無言。隣のベランダから葱の匂いがして臭いとか、廊下を歩く足音がうるさいとか、本人を目の前にしていえないのに、それが近所への挨拶みたいに茶飯事になっているみたいだった。どこかで”自分のもの”という意識が強くなっているのだろうと感じてしまう。特に自分が何を言われたわけではないけれど、気分が悪い。私から笑顔が消えた。毎日ありがとうって素で感じていたのにありがとうがなくなった。

この続きは、また気が向いたら書こう・・・。